top of page

01

――思えば始まりは、友人が話してくれた一つの噂からだった。あの噂が、多分俺を変えたんだと思う。

 

「なあなあ!! 知ってるか? 三丁目にあるコンビニの噂!」

 

 

昼休みの私立帝宮学園高等院の食堂。

友人、冴木翔(さえきかける)は紙パックの紅茶を飲みながら、ビシッ!! と人差し指を俺の目の前に突き出した。

それを聞く俺、森崎亮(もりさきりょう)。

 

「噂? 何それ」

「え、知らない!? ここらじゃ有名だぜー?! 噂というよりは伝説かもしんねー」

「初めて聞いたよそれ。どんなの?」

 

 

翔は笑顔でしかも得意げに、その噂とやらを語りだした。

 

「なんでも丑三つ時にそのコンビニに行くと、銀色の扉が現れるんだってよ」

「扉ぁ……?」

「あー、その目は疑ってんな? ホントにホントなんだって! オレの友達がさ、丑三つ時にそのコンビニに行ったんだよ! したら現れたわけ、その扉が!!」

「それで?」

「それで開けようとしたんだけど開かなかったらしいんだ。まるで鍵が掛かってるかのようにな」

「ふーん……で?」

「そこからだんだん噂が噂を重ねて今じゃ扉の先には裏コンビニがあるってなってんだよ!」

「裏コンビニ……ねぇ」

 

 

俺はあほらしくなって、ため息をついた。

 

「裏コンビニには闇ルートでしか扱ってないやつが売ってるとか、密輸品が売ってるとか、店員は犯罪者とか、店長は脱獄犯とかネットで流れてんの見たぞ」

 

 

教えて!! グー○ル先生!! と翔はうざったい笑顔で言う。

 

「……噂だよな、それ」

「あー、さては怖いんだろ!」

「違ぇーよ、んなもん怖くもなんともねーよ」

「……言ったな?」

 

 

ニヤリと翔は笑う。

一瞬悪寒がしたが……なんだろう、ものすごく嫌な予感がする。

 

「――じゃ、行ってこい☆」

「……は?」

「そんなに言うんだったら行ってこいよ、裏コンビニ♪」

「はぁあああ!?」

 

 

なんでそうなる!!? 俺はもちろん抗議した。だが……

 

「あーなになに? 一緒に行ってほしいって? ダメダメ! 一緒に行きたいのは山々だけど、生憎オレ、その時には熟睡してるから無・理☆」

 

 

やつは超満面の笑みで(ぜってぇおちょくってる)ウィンクしながらそう言った

 

うっぜぇえええ!!! 

なんなんだよさっきから語尾に☆やら♪やら!

むかつくんだよそれぇええ!!

 

 

◆◆◆

 

――で、

 

「ホントにあった……」

 

草木も眠る丑三つ時。

俺は目の前にある銀色の扉の存在にただ呆然としていた。

目撃情報があったとしても、所詮は噂。

俺は扉の存在を全く信じていなかったのだ。

因みにこんな時間に行けたのにはちゃんと理由がある。

現在俺はマンションで一人暮らししている。

明日の予習をしていたところシャー芯と消しゴムが尽きてしまった事に気づいた俺は仕方なくコンビニに行く事にした。

しかしここら辺で近いコンビニといえば、三丁目のあのコンビニしかなくて。

俺は深夜の一時半に自転車でかっ飛ばして(それでも三十分ぐらいかかってしまうのだが)コンビニに行った。

――そして今に至る。

 

「でも……開かないんだよな、これ……」

だって、翔もそう言ってたしな。

取っ手がない扉を不審に思いながら、とりあえず押してみる。

すると――

 

ギィイイ――……

 

「……え? 嘘、だろ……?」

俺の期待をしっかりと裏切ってその扉は開き――

そして、俺をその中へと誘った。

 

 

◆◆◆

 

「いらっしゃいませー」

「……は……?」

 

 

感情がこもっているのかいないのか分からない、か細い声が聞こえた。

いや、それ以前に。

 

 

なんだ、この期待を裏切るようなファンタスティックな空間は。

いや、別に期待してたわけじゃねーけど。

――そこに広がるのは7つの島だった。

ふわふわと浮かぶ風船のようなもの。

巨大なタンポポ(?)の綿毛。

島には商品の棚がそれぞれ置いてある。

そして目の前のレジ(らしきもの)にいる少女。

ピンクのボブヘアーに黄緑の目。容姿は可愛らしいのだが、目は機械のように虚ろだった。

 

「呼ばれて飛び出てジャジャジャジャーン♪」

「――!!?」

 

 

バッ!! とホントに音がしそうなくらいの勢いで背後を振り返ると、コンビニの制服(見た目はカフェの制服っぽい)を着た青年がいた。

 

 

「いらっしゃい」

 

第一印象を一言で言うなら『優男』だ。

襟足が長いのか、後ろを一つ結びにしていた。

糸目なのか、目が閉じているように見える。

 

「あ、店長」

「依煉(エレン)、久しぶりのお客さんです。もてなしてあげないと」

「はい、店長」

と言いながら依煉はレジの奥に行ってしまった。

 

「あの……ここは……?」

「ああここ? ここはX.Gardenって呼ばれている……表でいうコンビニみたいなものだよ」

「エクスガーデン……?」

「君、ここ初めてだよね? せっかくだから僕が案内しよう。レジまでおいで。そこからジャンプできる距離だから」

「はあ……」

 

 

ピョン、とオレはジャンプした。

着地してまず目に付いたのはレジの隣にあるフライだ。

よくコンビニで売っている、から揚げとかフランクフルトがあるのかと思いきや

 

「く、串カツ……」

「ああ、それ? 串カツのほうがバリエーション多いし、なにより美味しいからねぇ~。安くて、たくさん買えるから得だと思わない?」

「はあ……」

 

 

牛や豚はもちろん、トマトやつくね、ネギ、もちチーズ、玉ネギ(丸ごと)などがあって、種類は豊富だった。

 

「じゃ、次はここから近い雑誌枠に行こうか」

 

 

見た感じは先ほどと同じような距離だった。俺はさっきと同じようにジャンプした。

 

「あ、ちょっと待ってそこからじゃ……!」

「え」

 

 

下を見るとそこに地面はなく、広がるのは海のような液体。

ボッチャーン!!

 

当然着地などできるわけがなく、そのまま下へ落ちていった。

しかし、見た目よりも浅かったのか、腰ぐらいまでしか浸からなかった。

 

 

「もー、説明してないのにジャンプしちゃだめだよー! ジャンプで行けるのはあそこだけ!」

「……」

「依煉ー! 依煉ー!」

「……はい」

「ロープで彼を助けてあげなさい」

「はい……」

 

 

依煉はロープで輪っかを作ると、俺に向かって投げた。

ポチャン、と音が鳴る。

 

「それに掴まって登ってくださいねー」

 

 

棒読みで俺に向かって呼ぶ。

とりあえず俺はロープに掴まってよじ登った。

 

「……あれ?」

 

普通、服が濡れると体にぴっちりとくっつく筈。

だが、全くくっついていない。それどころか濡れていない。

 

「不思議でしょ? でもこれでも濡れてるんだよ。絞ってみて、大量に出てくるから」

 

 

言われた通り絞ってみると、水が滝のように出てきた。

 

「うわっっ!!?」

「ね? 凄いでしょー?」

 

 

青年はニコリと笑いながら亮に言った。

 

「島と島を移動するにはね、これを使うんだよ」

「……綿毛?」

 

 

巨大なタンポポのような植物の巨大な綿毛。

青年はその植物によじ登り、プチッと綿毛を取っていく。

ストッと地面に付くと、綿毛の一本を俺に差し出した

 

「これで飛ぶんだ」

「これで……?」

「依煉! 彼に手本を見せてあげなさい」

「はい、店長」

 

 

と言うと、依煉は綿毛を持ちながら勢いよく走り、バッと

ジャンプして飛んだ。

まるでパラシュートのように浮きながらストッと島に着陸した。

 

「ん、よくできましたー。ああやって飛ぶんだよ」

 

 

すると、ビュウウウウと強い風が吹いてきた。

 

「お、ナイスタイミング。丁度いいからこの風に乗っていこうか」

「え? 大丈夫、なのか、これ」

「……大丈夫だよ、多分」

 

 

おい、なんだ今の間は。ニッコリ笑うな。逆に怖いから。

 

「じゃ、行くよー」

「え、ちょ、まだ心の準備が……」

「3・2・1……GO!」

「ぎゃああああぁあああぁあ……!!」

 

 

◆◆◆

 

「大丈夫かい? 死にそうな顔してるけど」

「ぜぇぜぇ……し、死ぬかと思った……」

「まあ最初はキツいよね、でもまあそのうち慣れるから」

 

 

と言いながら歩を進める。

雑誌枠を見ると、ファッション関連の雑誌が全く無く、

代わりに大量の漫画雑誌が置いてあった。

 

「ジャ、ジャ●プしかねぇ……」

「創刊号から現在まで揃えたんだ。苦労したんだよー、ルート使わなきゃ手に入れられなかったんだから」

 

 

一体どんなルートを使ったんだ? という疑問が浮かんだが、あえて言わなかった。

聞いてはいけない気がしたからだ。

 

「1000円って……高くないか?」

「創刊号からあるんだよ? 普通なら数十万かかるところを1000円にしてるんだ。こう考えると安く感じるだろう?」

「……」

 

 

そう言われて納得してしまった自分に変な違和感を覚えた。

すると、機械美人(依煉)がスッとジャ●プを俺に差し出した。

 

「……買う?」

「……いや、やめとく。ジャ●プ買いに来たんじゃないし」

「……」

 

 

そう言うと、依煉はシュン、と落ち込んだ(気がした)。

……少しドキッとしたことは俺以外誰も知らない。

 

「えっと、店長?」

「ん、何?」

「文房具って何処n「文房具ならそこだよ、じゃ、次はそっちに行こうか」

 

 

店長は俺の言葉を言い切る前にそう言ってニコリと笑う。

わざとなのかは分からないが。

 

 

◆◆◆

 

『またか……』

「♪~楽しいね、やっぱこれ」

 

 

店長は楽しそうにニコニコと笑っていた(糸目のせいで表情が変わっているようには見えなかったが)。

文房具はシャーペンや消しゴム、ボールペンなどが売っていて見た目は普通のコンビニとは変わらない。しかし……

 

「芯はまあ安いにしても、消しゴム高くないか?」

 

 

消しゴムだったら百円でも普通に売っているものだが、ここでは三つセットで五百円。いくらなんでも高すぎる。

 

「やっぱ高い? テキトーに値段決めたからね~。検討したほうがいいかな、よし」

 

 

と言いながら店長はエプロンからメモ帳を取り出してメモし始めた。

俺は財布をチェックする。……幸い予算内に収まっていた。

 

「ところで店長、一つ聞いていいか?」

「何~?」

「さっきから周りを飛んでるコレはなんだ?」

 

 

ふわふわと飛ぶ丸い物体。依煉はぷにぷにとそれを突いていた。

 

「ああそれ? 浮遊物体Xだよ」

「は?」

「だから浮遊物体X。ここをオープンする以前からいたみたいでさ、追い出すわけにもいかないから今もこうして飛んでるってわけ」

 

「これ結構ぷにぷにしてて気持ちいいんだよー」と言いながら店長も突き始めた。

「……まあとりあえず、シャー芯と消しゴム買うから」

「あ、買ってくれるの? ありがとー。六百円ね」

 

 

高いなーと思いつつ、六百円を出した。

 

「レシートは後で出すからちょっと待ってて。次はどこにしようかなーっと、依煉? どうかした?」

「店長、……時間」

「ん? あー……もうこんな時間か、早いな~。依煉、レシートお願い」

 

 

そう言われて依煉はすぐにバッと綿毛に掴まって飛んだ。

 

「あ、あのー?」

「ん、ああ……もうすぐ帰る時間だからね」

「え……」

 

 

すると、ふわり、と依煉が綿毛に掴まりながら帰ってきた。

 

「……ん」

 

 

依煉はスッと右手を俺に突き出す。

たった一枚のレシート。握り締めてきたのか、ぐしゃぐしゃだった。

俺はそのレシートを受け取ろうとしたら、突然ぎゅっと手を握られた。

ジッと俺を見つめる。その機械的な目を逸らすことは出来なかった。

 

「もしかして依煉、亮君のこと気に入っちゃった?」

 

 

コクリと頷く彼女。会って間もないというのに、何が彼女を惹きつけたのか、俺には分からなかった。

 

「珍しいね~、依煉はいろんなものにほぼ無関心なのに……そこまで執着する何かを彼は持ってるって事だ」

 

 

そう言って笑みを深める店長。あの笑みは……そう、まるで何かを企むような……、

 

「……亮君、折り入って頼みがある」

「っ……なんだ?」

「ここでバイトしてほしい」

「無理です」

「即答か」

「俺もうバイトしてるんで」

 

 

一人暮らしのため、家賃云々を稼がないと生きていけない俺。

高校ではバイトは二つまでと決まっているため、これ以上バイトは増やせない(因みに俺は親戚が営むカフェのバイトをしている)。

 

「……じゃあ、度々でいいからここに来て! お願い!!」

「……なんで、そこまでして……」

 

 

そう尋ねると、店長は寂しそうに笑いながら言葉を発した。

 

「……依煉は何も知らない。彼女とは長い付き合いだけど、本当に何に対しても無関心でさ、それについて知ろうともしないんだ。でも君は違う。依煉は君を知ろうとしている。これも一つの成長だよ」

「……」

「そのうち彼女を自立させようと僕は思ってる。だからいろいろ知らなくちゃいけないんだよ。亮君……彼女に教えてほしいんだ、いま外の世界で何が起きて、どうなっているのか」

「……要は先生になれと?」

「そうなるの、かな」

 

 

そう言いながら彼ははにかむ。

 

「それに依煉、君に惚れてるみたいだし♪」

「っな!?」

 

 

ボッと林檎のように赤くなっていくのを感じる。顔が熱い。

 

「あははは!! 照れてる! かわいー」

「わ、笑うな!!」

 

 

さっきまでのしんみりした空気はどこへやら。和やかな空気になりつつあった。

店長は笑いながら言葉を続けた。

 

「この店基本深夜営業なんだけど……亮君は学校があるからね~。……よし、営業時間早めるか。亮君はバイト何時ぐらいに入ってんの?」

「えっと……月曜から水曜は午後四時から七時まで、土日は午前に入ってます」

 

 

なんで俺、バイトのシフト言ってんだろ……というか店長のペースに乗せられてる……?

とか思っていると、店長は再びメモ帳を開いてカリカリと何かを書いていた。

 

「ん~そうだなぁ……よし、八時に変更しよう。このぐらいの時間帯ならお客さんも来てくれるよね。亮君、度々、いや毎日でもいいや。八時ぐらいにここに来てほしい」

「毎日……」

「やっぱ難しいかな……?」

 

 

 俺は考えた。ここに毎日来るほど暇ではない。学校だってある。

バイトもある。勉強だってある。

だけど……なぜだろう。行きたい、と思ってしまう自分がいる。

 

「……週三」

「え?」

「週三なら……来れる……と思う……」

 

 

だんだん声が小さくなっていく。顔が熱い。

店長はというとぱあああっと顔が明るくなっていった。

 

「ほんとかい!? いやー亮君ならそう言ってくれると思ってたよ!! 週三ね、分かった!」

 

 

「毎日開けるからいつでも来てくれて構わないよ♪」と言いながらふんふん、と鼻歌を鳴らした。

 

「さてさて、そろそろ閉店の時間だよ」

 

 

いつの間にか入口にいた。移動した覚えはないのに。

俺は驚いたが、表情には出なかった。

ギイイイと扉が開く。

 

「じゃあ、また明日ね」

 

 

ドンッと背中を押され、俺は扉に入っていった。

一瞬振り返った。その時、あの機械美人が手を振りながら、

笑った気がした。

 

 

◆◆◆

 

「……あれ?」

 

 

パチクリ、と目を瞬く。後ろを振り返ると、扉はなく、代わりに閉店したコンビニがあった。

右腕につけていた腕時計を見ると、2分しか経っていなかった。

1時間ぐらい経っていたような気がしたのに、実際はたったの2分……。

 

「そういえば……なんであの人、俺の名前知ってたんだ?」

 

名前なんて、一度も言ってないのに。

 

あれは夢だったのだろうか。ふと見ると、ぐしゃぐしゃのレシートと消しゴムとシャー芯の入った袋を手に持っていた。

その時、あれは夢ではなかったと感じたのだった。

 

 

◆◆◆

 

「で? どうだったよ? 裏コンビニ!」

 

 

次の日の食堂。早速翔はパンを食いながら俺に訊ねてきた。

 

「あー……、なんかさ、機械美人に惚れられたっぽい」

(それから根掘り葉掘り聞かれたのは言うまでもない)

bottom of page