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開店前。

プレシャスダイナーに一人の男が入る。

肩を回しながら、キッチンの電気をつけ、最後に背伸びをする。

 

 

「さて、今日もやりますか」

 

ガチャ、と冷蔵庫の扉を開ける。

まずは野菜。

野菜専用のまな板と包丁を用意して、取り出した野菜を切っていく。

みじん切り、千切り、さいの目切り、一口大、乱切り、ざく切り、ぶつ切り、そぎ切り、小口切り、斜めに薄くスライス、と料理に合わせた切り方で。

 

次はハンバーガー用の肉。

牛と豚の塊肉を切り、ひとつはミンチに、もうひとつは荒く刻んで食感を楽しませる。

ミンチにする機械に肉を入れてスイッチを入れ、にゅっと出てくる瞬間がたまらなく気持ちいい。職業病だろうか?

 

その時、ジリリリと電話が鳴る。

魚、まだ切ってないんだけどなあと思いながら慌てて手を洗ってタオルで拭き、わずかに水気が残る手で電話機を手に取る。

 

 

「はいもしも、」

〈てめえマジでいい加減にしろよ?〉

「――壬生神くん」

 

 

間髪入れずに文句を言う彼は、壬生神蒼戯(うおがみそうぎ)。

食材専門の何でも屋である。

口はものすごく悪いが仕事はできる。私のビジネスパートナーだ。

 

〈なにシロマグロ連続で頼んでんだよ最初から二匹頼めや、連続で獲るのまじでめんどくせえんだぞ〉

「それは悪かった、一匹で十分だと思ったんだけど、足りなくなっちゃってね」

〈ったく、てめえじゃなかったらお断り案件だっつーの〉

「で?今日はどうしたんだい?壬生神くんから電話なんて珍しいじゃないか」

 

〈――"あの野郎"、とうとうやりやがった〉

「!……そうか……」

 

 

一瞬の静寂。

彼が言う"あの野郎"……玖錠士(くじょうつかさ)。

欲しいものを与える店、通称裏コンビニの店主である。

彼とは古い付き合いだ。壬生神くんと繋がったのも、彼がきっかけだ。

 

「士くん……最後まで、頼ろうとしなかったね」

〈名前を出すな虫唾が走る……だから俺はあの野郎が嫌いなんだ。誰にでも手を差し伸べて、自分を犠牲にする。他人には尽くして、自分に尽くそうともしない〉

「そうだね……士くんは、優しすぎた。ほんの少しでも、頼ってほしかったね」

〈別に、頼る頼らねえはどうでもいいんだ、俺は――あーくそ、言葉が出てこねえ!!〉

 

 

イライラしているな、と言葉から伝わってくる。

壬生神くんは素直じゃないようで素直だ。

言葉では伝えようとしないのに、感情や行動が矛盾していたりする。

そういうところがかわいいところだと思っているが、ここで言ってしまえばさらに不機嫌になるだろう。口を噤む。

 

「あー……今度店来るかい?リクエストあるなら応えるけど」

〈……………ワッフル、カリカリで。20枚〉

「20枚ね、クリームも蜜も好きなだけかけていいから」

〈……あと月餅も、500個。材料後で送る〉

「君ねえ……手伝ってくれるならいいよ、店の準備もあるから、限界がある」

〈……おう〉

「神楽木さんにも、手伝ってもらうか……」

〈神楽木って、あの三つ編み女か?〉

「あれ?壬生神くん知ってたっけ?」

〈ちゃんと会ったことはねーよ、ただ……いや、なんでもねえ。とにかく、リクエスト忘れんなよ!じゃあな!!〉

 

 

ガチャン、と乱雑に電話を切られてしまった。

最後のはなんだったんだろうか?考えても答えは出ない。神楽木さんと壬生神くんは何処かで会ったことがあるのだろうか?でも、ちゃんと会ったことはないって言っていたし……

 

「……まあ、いいか。おっと、もうこんな時間だ」

 

 

急いで準備しないと、開店時間に間に合わなくなってしまう。

 

「よし」

 

 

パン、と頬を叩いて気持ちを切り替える。

今日も変わらず、プレシャスダイナー(私の店)をオープンさせるために。

 

 

 

 

 

After doing something

(またどこかで会おう、お説教もつけてね)

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